照れまん君の 「東風吹かば~」①

         
        改革    (その1)
 この前、菅原道真の和歌を書きましたので、この和歌についてもう少し書いてみます。
学校でも習うこの和歌。梅と言えばこの歌と言われるほど超有名。
 誰でも、口ずさんで出て来る和歌です。
 
  東風吹かば匂おこせよ梅の花主人なしとて春な忘れそ    菅原道真
         
 
 惚れ惚れするほどいい歌です。この歌は誰にでも知られている有名な歌ですが,どうして
詠まれたかについては以外に知られていません。
 この歌は珍しく、いつ詠まれたか日時がはっきりしている歌なのです。
 この和歌が改革に非常に縁が深いとはちょっと意外です。
 今現在、郵政改革や社保庁改革など、改革・改革と改革が連呼されていますが、
改革は何も今に始まったことではなく、幾度となく改革は繰り返されてきました。
 今から千百年も前に大改革を行なおうとしていたのが、菅原道真です。
 ではどんな改革をしようとしたのでしょうか。
 まずは、抜本的税制改革
 それから、小さな政府を目指す財政削減,。
 そして地方分権と民営化。官から民へ、民で出来ることは出来るだけ民に任せ、
地方で出来ることは出来るだけ地方に任せる。
 こう聞けば、「えーっ、これって現在の話じゃないの」と思いますよね。
本当なんです。ではその事をすこしづつお話します。
 
 菅原道真のおじいさんは貧乏な下級貴族の生まれでしたが大変優秀な人で、
文章博士(もんじょうはかせ)と言う、文人として最高位まで昇り詰めた人です。
戦前で言えば東京帝大総長と言う感じでしょうか。
 その息子がまた優秀で、文章博士になりました。
 そして孫に当たる3代目の菅原道真も親に負けず若い頃より秀才と誉れが高く、
親よりも早く弱冠33歳(かぞえ)で文章博士になりました。
 この時、まだ父は文章博士だったので職を辞し、私塾で後進の指導にあたります。
菅家廊下(かんけろうかという私塾をおじいさんの代より開いていて、ここで教える
ことに専念します。
 菅家廊下(かんけろうか)とはちょっと変わった名前ですよね。現在で言えば、進学塾
のようなものです。長い廊下の横に、教室のような小部屋が並んでをり、そこで自習を
し、大広間で講義を受けていました。
 道真少年も幼い頃よりここに入れられ、厳しい教育を受けています。
その甲斐あってか、幼い頃から漢文がすらすら読めたと言われています。
 漢文は当時の第一外国語。文人にとっては必須の科目でした。
 現在の英語に当たります。
 この時代は塾華やかなりし時代。多くの塾が乱立し優劣を競っていました。
中でも菅家廊下は最も優秀な人材が集まる一番人気の高い塾でした。今で言えば、
開成高校と言う所でしょうか。ここに入りさえすれば将来が約束されているわけです。
しかし、灘高校もあれば、鹿児島ラサールも在る訳です。それらがすべて京都に集
まって競っているような状態です。他の塾も負けてられません。
 しかし三代続く文章博士の塾ですから、みんなここに行きたがり、大変な競争率に
なります。
 他の塾を経営している上級貴族にとっては、面白いはずはありません。
上流貴族の塾が下流貴族の菅家廊下に圧倒されるなんて、我慢できません。
追い落としを図ろうとしたくなりますよね。
 そのことは、ちょっとここでは横に置いときます。
                         
 
 道真は八年ほどは何事もなく、文章博士の職を務めていましたが、42歳の折
突然解任され、讃岐守という外官に任命されます。今で言う、香川県知事です。
 左遷の趣が大変強い訳です。
「麻呂は讃岐などと言う、狸が出るか蛇が出るか。海賊が出るか、山賊が出るか
解らぬような田舎には行きとうない」と一晩中泣き濡れたと言います。
「ママー、ママー、ヘルプ ミー!」と言ったのは、パレス・ヒルトンですが、
道真も相当ショックだったようです。しかし、みんなからなだめすかされて、行く
決心をしました。
 家族は危険なので京都に置き、単身赴任します。
 道真は貴族のお坊ちゃん。勉強ばかりして偉くなったので実地のことはあまり
知りません。京の都以外あまり他国のことは知らないので、ちょっと恐いのです。
しかしながら、仕方なく讃岐に行きます。
 讃岐に着いてまず驚いたのは、田畑が荒れ果てていること。
 それから、財政が破産寸前
 農民が田畑を投げ出し、逃げ出していたのです。夕張状態
いや、夕張よりもっとひどい状態です。
 元々讃岐は雨の少ない所。度重なる旱魃と重税に喘いでいました。
 これはえらい所にやって来た、と思いましたがもう後には引けません。
ここまで来たからには、もうしょうがないですよね。
「ヤルッキャナイ!」 と言う土井たか子状態です。
大きな事は出来ませんが、小さいことも出来ません」 では困ります。
政治家は大きな事も小さなことも出来なければなりません
目ばかり大きくても仕方ありません。
 法律を作る方や行う方、貴族や学者のことは解っていても、それを受けるほうの
民・百姓達がこんなに悲惨な生活をしているのをまのあたりにし、愕然とします。
 道真には持ち前の頭の良さがあります。そこで法律をつぶさに調べ、それを行なう
役人、法と、受ける民衆の間に大きな歪みがあるのを理解し、何とか民・百姓が
立ち直れるようにと、次々に新しい政策を打ちだします。
 その甲斐あって、4年のうちに財政再建の目途も経ち、逃げた農民も、お咎めがなく
元の土地に戻り、讃岐の国は安定へと向かい始めます。
 そして、4年の任期を終え京都に帰ります。
  ◆      ◆      ◆      ◆      ◆      ◆
 
 この頃、日本の財政も逼迫しており、国そのものの財政も破産寸前状態になって
いました。赤字財政に苦しみ、その為小手先の改革を何度も行い、急場しのぎを
していましたが、それがもう、限界に来ていました。
  (現在の日本も、2007年末で国の借金834兆円と言います。
                         すごいですね。)
 そこで、宇多天皇は讃岐の実績を踏まえ、この窮地に活路を見出してくれるのは
菅原道真しか居ない、と彼を改革のスパーエースとして重用することになります。
現在で言えば、竹中平蔵氏のような存在です。
 
 ここで、なぜ財政が逼迫していたかを少し説明しておきましょう。
 二百年近く前、西暦701年。中国の隋や唐の国に倣い律令制度が出来ます。
大宝律令、その後、養老律令など少しずつ改善はされていましたが、150年以上
たって来ると、制度疲労を起こしてきます。
 中国の法律が日本人には少し不具合になってきます。
 相次いで改革を行った為、制度が猥雑で機能しなくなってきていました。
 現在で言えば、明治憲法を平成の御代になっても行なっているようなものです。
 この頃の税制の中心に、人頭税というのがありました。
 これは成人男子に掛かるもので、一人につきいくらと言う税が掛かります。
とても平等ですが、これでは具合がわるいのです。広い田んぼを持っている人と、
少ない人が同じ税では不公平になってしまいます。
 広い人には多くの税を掛け、少ない人には少ない税にする。
 現在の累進課税と似た方式にしないと、税収入は増えないのです。
 不平等ですが、現在でも不平等の上に平等が成り立っている訳です。
我々が良く知っている年貢と言う制度を導入しなければなりません。
その為には、全国の検地を行い正確に土地の面積を割り出さなければなりません。
 しかし、ほとんどの田畑は曲がっているのでこの計算をするのはたいへんです。
相当な年月を要するはずです。
 それからもう一つ、この頃「偽籍・ぎせき」というのがはびこってきました。
いわゆる、男が女と偽るわけです
 平安時代に、おすぎとピーコが増えてきた・・・・、そういうわけではありません。
いくらなんでも、おすぎとピーコでは男と言うのは、丸解りですよね。
 男の子と登録すると、将来税が掛かりますが、女の子とすれば税を払わなくて済み
ます。しかし、男が女と偽っても バレますよね。これが バレ ないのは、現在の
社保庁くらいなもんでしょう。
 この頃、成人男子には口分田が分け与えられていました。
国の土地を貸し与えるので、納税の義務が生じてきます。
 土地はすべて国のもの。その土地を貸して頂くので納税する義務が生じてくる
訳です。しかし、この頃急激に人口が増えてきた為、成人に与える口分田が無く
なって来ました。
 新田開発などを行なうのですが間に合いません。
そこで役所は、男の子を女の子と偽っても、容認するようになってきたわけです。
その結果、百人の村に男が五人しか居ないというようなことが起こってきました。
 益々税収が少なくなりますよね。
 全国できちんとした戸籍が必要になってきます。
 それともう一つ、貴族の荘園の問題がありました。
 元々貴族は税金を納めていましたが、天皇から下賜される土地には税が掛かり
ませんでした。これを拡大解釈して、いつの間にか自分達の荘園全体を、「不輸租田
と言う免田にしてしまいました。税金を全く納めなくてもいいわけです。
現在でも、政治家がパーティーを開いて、何億円集めようと税金は掛からない
仕組みになっていますよね。
 自分達が損をするようなことは決してしません。
 法律は自分達で作るのですから・・・・。
 昔も今も人間のやることはあまり変わりません。
 それに、この頃土地の私有化が認められ、売買も可能になってきました。
すると農民は税を納める時、地方税と国税を二重に納めなければなりませんが、
貴族の荘園にしてもらえれば貴族に納めるだけで済みます。助かりますよね。
それに貴族が守ってくれるわけですから、あり難い事です。それで貴族の荘園が
益々増えることになり、国の税収入は落ち込むことになります。
 しかし、ここにメスを入れるのは容易なことではありません。自分と同じ貴族
のことですから。貴族全体が反対することは目に見えています。
        
  それから、国家公務員、いわゆる役人が増えてきたのも問題でした。
人件費だけでも莫大なお金(農産物)が必要になってきました。
 それらを中央に運ぶのにも、莫大なお金が掛かります。これらを解消するには、
国家公務員(役人)を削減し、地方に権限を委譲し、地方で出来ることは、出来る
だけ地方に任せること。
 運送業も出来るだけ民間に任せ、民間活力を導入し地方を活性化させることなど、
新しい考え方で新しい制度を作り上げていかねばなりません。
 しかし、ここには大変な抵抗勢力が待ち構えていることになります。
 
 さて、どうなるでしょうか。
 実は、今まで書いたこの文章は、一度すべて消えてしまいました。
いろんな所(カテゴリ)をクリックしていたら、なぜかバッサリ消えてしまいました。
「何でやねん。あ~~~~~あっ。!」ですよね。パソコン素人ってしょうがないですね。
それでまた書き始めたのですが、同じ文章が書けません。なかなか思い出せなくって、
疲れてしまいました。
 この続きはまた次にします。
 でも今度は、下書き保存を覚えたのでもう大丈夫だと思います。
 ちょっと長すぎですよね。もしこれを最後まで読んでくれる人がいたなら、奇跡です。
ものすごい忍耐強い人だと思います。
 ありがとう御座いました。           
                           照れまん
 
 
        
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照れまん君の 「東風吹かば~」① への7件のフィードバック

  1. fujim より:

    照れまんさん こんばんは はい、一気に読みましたとも。 こんな先生が歴史の先生なら、私の頭にも多少は歴史のことが残っていたろうに、と思いながら、えーと、今のこと?昔のこと?歴史は繰り返される?と思いながら、いやいやこれは歴史の先生ではなくて、音楽家のセンセ!などと驚嘆しながら読み終えました。学問の神様ということでみんなからとても親しみを持たれてると思うんですが、こんな政治、経済、税制にも関与した人だとはねー。これはまだまだ続きますよね? 東風吹かば、、までたどり着いてないですもんね。辞世の歌だと聞いてますけど、それ以上のことはほとんど知りません。で、これだけのものが消えた!って。 たかがわずかなコメントでも消えてしまうと、あ~~~コピーコピー、しとけばよかったーと思うのに、それをまたここまで書き起こす照れまんさんこそ、ものすごい忍耐強い人だと思いました。また読ませてください。 ^^

  2. yasuko より:

    おはようございます! 力作、お疲れ様でした! 面白かったし、続きも期待してま~す。 句点のあとにスペースを入れると、ぎゅうぎゅう詰めの感じにならなくていいかも知れません。
     

  3. Pu'uwai より:

    あう、・・・・・・・表現のしようがない位、一気に読んで疲れました。
    天神さまの改革は中学校の社会でひたすら暗記で点数もらっただけ、内容はさっぱりでしたから、
    いい勉強になりました。 まさに歴史は繰り返すですねぇ、現在にまでぴったり引用できるというか、
    照れまんさんの解説があるから理解できるのですが、合点がいきました。
     
    途中途中で頭を整理して、噛み砕いて消化して。。。
    離心円さんの国語の先生のようなアドバイスにそうそうと頷きながら、
    今更ながら日本史勉強しておけば良かったなと後悔してます。
    (うるしのかぶれくらいの西洋かぶれしてましたので)
    平成の世相は偏見と独断でいうと元禄文化と重なるのではと思うのですがまるきり外れてますかねぇ~。
     
    実はね、この記事読むのに夢中になっていて、突然強い雨が降りみ窓開けていたからたまりません。
    どっちかられて(どつく と叱る がくっついてものすごく怒ること夫の造成語) 
    「遊ぶならやることやってから遊べ」 と叱られちゃいました。大急ぎでふき取って又、ここです。
    続きを期待しています。

  4. 照れまん より:

         Fujimさん こんばんは
    読んで下さってありがとうございます。
    またよろしく・・・。
     
         改革はいつも看板変えるだけ            照れまん

  5. 照れまん より:

        Pu`bwaiさん、こんばんは。
    平安時代と現在を、ちょっとリンクさせて見ました。いつの時代も、人間のやることはあまり変わりませんからね。
    元禄時代の様々な文化が、今の日本に沢山残っているのではないでしょうか。
    元禄時代のお金持ちのグルメが、今の日本そのものかも知れませんよね。
     
          お月様地球を眺め笑ってる                        照れまん

  6. 照れまん より:

           Fujimさんこんばんは
    毎日、茶粥を食べて育った、照れまん君です。我が古里をブログにのっけてくれて、ありがとうございます。田舎もん、まるわかりです。
    まさか写真を撮ってるなんて、思いもよりませんでした。私も写真がのっけてみたくなっちゃうじゃあないですか。
         ふる里の嬉し恥ずかし停車場の道の駅にてソフトクリーム
    漁船が写っている写真がありますよね。やや左にビルがあります。あれは病院なんですけど、そのすぐ右、山の中腹に小さな建物が見えます。
    あれが、私の通った高校です。写っているのは、昔家庭科室だったあたりですが、今は何の部屋なのか、建物が変わっています。そのすぐ左に三階立ての教室が二棟あります。
    道の駅はすぐ近く、ソフトクリームが美味しいよっ、て言うんですが、行ったことがありません。なぎさ水族館も行ったことがありません。田舎に住んでて、田舎のことを知らない、田舎もんです。
    Fujimさんのブログはコメントの投稿がありませんよね?それが、ログインなのでしょうか?
    そのうち、Fujimuさんのブログにおじゃまします。 
            盆見舞 月でひろった卵かな               常痔・照れまん

  7. fujim より:

    照れまんさん おはようございます。私我慢して「照れまんさんの郷里です。」とは書かなかったんですけど、分かりましたかねぇー? (そりゃどうもスンマセン m(_ _"m)pekoぜひぜひ写真のっけてくださいよ。 みんな見たがってると思いますよ~。 いったいどんなところだろう?ってね。 自分では見慣れた何の変哲もない景色になってしまってても、見たことない人にはそうじゃないんですよねー。私も自分のところは「こんなとこ撮ってもツマラン。生駒山って行ってみたい!扇山も?周防大島ねぇ?」と、隣りの芝生ばかりがよく見えます。行ってみたい人も居ると思うので、島中をぐるっと紹介してくださいよ~。高校もあったんですねー(シランかった、、、^^ゞ)今度行ったら確認しーよう、っと。ほんとだ、gooのブログには確かに「コメントの投稿」ありませんねぇ。 分かりにくいですねぇ。 でもあるのはあるんですよ。 最下段の「コメント」の横の( )内の数字をクリックすると出てきます。 ほかの人のコメントもそこで読めます。最初はわたしも、えーっとコメントは? Trackbackは?と、「使い方」を見て、ドキドキしながらTESTしたんですよ (^o^;;「盆見舞」こんな季語もあったんですね~。 仏壇に置かれたあの箱を横目でみている、照れまんさんの絵と洞察力が見えてきます。 ウ、私はまだあの黄色いの食べたことナイ、、、あ、こんなことしちゃぁおれんのやった。 台風ですよ台風。 水をポリにとって、お風呂に入れて、おむすび作って、準備、準備、、

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