朝顔

    
   朝顔や釣瓶とられてもらひ水     加賀千代女
 前田のお殿様が参勤交代で江戸での務めを終え、加賀の国に帰ってきた。
松任の町(現在の石川県白山市)の休息所にお入りになった時、
ふと思い出したので、家臣に命じた。
「この町にはよく俳句を嗜む千代女なる者がいるそうじゃな。一度会うてみたい。
ここに連れて参れ。」
 家臣の者は慌てて探し出し、千代女は殿様の前に召し出された。
「そのほうが千代か。苦しゅうない。面を上げよ。
そなたはよく俳句を嗜んでいるそうじゃな。ではどうじゃな、
其処の火鉢で一つ俳句を詠んでみよ
と、仰せになった。
 千代女はちょっと困った事になったなと思ったが仕方が無い。
俳句はそう簡単に出来るものではなく、一休さんの頓智のような訳にはいかないのです。
しかし、殿様の命とあっては断るわけにもいかず、ほんのちょっと考え、用意された
短冊にさらさらと書いた。
  
      仰向いて梅をながめる蛙かな     千代女
 火鉢には前田家の定紋の梅が描かれていたのでこれを見て、梅と春の季語である
蛙(かわず)を使い、蛙が梅をながめていますよと、梅を殿様に見立て、そして、自分を
蛙と卑下して詠んでみせたのです。
 殿様は「天晴れである。これからも励めよ」といたくお気に入りになったようで、
その後、時々金沢のお城にお召しになり、後には大変重要な俳人としての役目を
命じています。
              
 
 朝顔の俳句と聞いて、誰もが思い出すのが千代女のこの句ではないでしょうか。
 大変有名な句です。
 最初の句を読んだ時、あれ?と思った方はいませんか。
おそらく、大方の人は「朝顔や~~」 ではなく、「朝顔に~~」と助詞の「や」ではなく
「に」で覚えておられる方が多いと思います。
       
       「朝顔に釣瓶とられてもらい水」
 朝起きて井戸の水を汲もうとしたら、朝顔の蔓が釣瓶に巻き付いていた。
朝顔の蔓をほどくのも切るのも可哀想なのでこのままにしてやり、水はお隣さんに
分けてもらいに行きましたというのです。
女性らしい細やかな優しい心配りですよね。素晴しい俳句だと思います。
 本来は「朝顔に~」として若い頃に発表したようですが、35歳の頃千代女自身が
朝顔や~」に書き変えました。
これにより、のちのち混乱を生じることになります。
 「朝顔や~」と、切れ字の「や」を使った為、ここで一旦切れてしまうのです。
 その為、朝顔と釣瓶が切り離されてしまったため、後の世になり、別の解釈が生じて
きました。
 朝顔がきれいに咲いているその庭で、朝起きて井戸の水を汲もうとしたら、
何と釣瓶が盗まれていた。この時代は泥棒が横行していて色んなものが盗まれていた。朝顔や、で一旦切れる。そして、釣瓶盗られて、となる。
 したがって、井戸の釣瓶が盗まれたとしても、何らおかしくは無いと言うものです。それって、どうなの?そんな馬鹿なことは無いでしょう?と思いますが、その他にも、色んな解釈が生まれたようです。
 それに、この句にはおかしな所があると言います。まず一晩で朝顔の蔓が伸びて、
釣瓶に巻き付くなどは不可能。そんなに伸びることは無いと言うのです。
一晩に伸びるのはせいぜい数センチ、科学的に見てもおかしいと主張するのです。
それに、その日一日はそれでいいとしても、その後一ヶ月二ヶ月はどうするんだ
という訳です。確かにそう言われればそうですけど・・・・。
 だから、釣瓶を盗まれたとしたらすべて合点がいくし、つじつまが合うと言うのです。
 
 小学館から出版されている『近世俳句俳文集』にはこんな評論が載っています
「ややわざとらしい理屈があって、すぐれた俳句とはいいがたいが、そこがかえって
俗耳には入りやすく、千代女の代表作として、はなはだ有名である。」 と・・・・。
 そうですか、俗耳で悪うござんしたね、なんちゃって。   
おおきなお世話だと言いたい気持ちです。
                  
 加賀の千代女(1703~1775年)は大変な天才少女でした。
わずか12歳の折、両親が俳句の才能を認め、離れた町の俳句の師匠の所に
奉公に出しています。江戸時代に女の子に勉学をさせることなど、当時としては大変
珍しいことです。2年間の修行を終え実家に帰ります。
10代の後半にはすでにかなりの有名人になっていました。
 18歳で結婚しますが、20歳になる前には亭主と死に別れます。
子供が一人いたらしいのですが、この子もまもなく亡くなったようです。
  (このあたりのことは、実はあまりよく解っていません) 
 その後実家に帰っていました。
 そして30歳の頃、父親が亡くなり、家業を継いだ兄も亡くなります。
そのために大変苦労するのですが、家業の表具師を継いでくれる人を見つけ、
夫婦を養子に迎えます。
 その後、52歳で剃髪して尼となり、法名を素園といいます。
           
  去年の零れ種があったのでしょう。地面から直接花が咲きました。
 天才少女の頃の千代女はポコポコと俳句が生まれます。
 ちょっと物を見ただけで俳句が出来るのです。これは才能です。
本人も自分は才能があり修練も積んだので、俳句が出来ると、自然に思い込んでいたかも知れません。
 しかし度重なる不幸でだんだんといろんなことが解ってきます。
 自分自身何も出来ないことが解ります。
まわりから、ちやほやされていたのにも気が付きます。
自分で作っていたと思い込んでいたものが実はそうではないのです。自分の才能や
才覚で自分は俳句が出来るなどとは、高慢以外の何ものでもないのです。
自分が作っていたのではなく、作らせて頂いていたことに気が付きます。
父や母、そして家族やまわりの人に支えられていたのです。
 俳句そのものも自分で考えたものではありません。万葉集の頃から日本人が創出
してきた、その一つの変化した詩形なのです。
 言葉だって自分で作ったものは何一つありません。紙だって、筆だって硯だって、
もっと言えば、家だって畳だってお米だって、何一つ自分で作ったものなどありません。
 多くの植物や動物、そして多くの人に支えられて生かされているのです。
そして、俳句を作らせて頂いていたと言うことに気が付いたのでしょう。
 30代後半、やっと生活の安定を取り戻した頃、「朝顔に~」の句を「朝顔や~」に
推敲して変えています
おそらく自分のやさしさ、つまり自分の才能・才覚を前面に詠んでいたことに
気が付いたのでしょう。それで、より俳句らしく格調高く「や」と言う切れ字を用いた
のかも知れません。自分を主にするのではなく朝顔を主にと考えたのかも知れません。
 この句は「に」にしても「や」にしても、発想そのものが面白いので素晴しい句です。
 天才少女が井戸の側に朝顔の蔓が伸びてきて、釣瓶に届きそうになっている、又は巻き付いていたのかも知れません。
それを見ただけで、ピッと俳句がひらめくのです。
 これこそが詩です。100パーセントの本当ではなくても、
100パーセントの 嘘ではないのです。事実かも知れませんが、創作かも知れません。
 一つの物語のほんの一部分です。
 この朝顔の句は初々しくて清純で、素直でやさしくて実におおらかな名句です。
 この天才少女が作ったということを理解せず、ずっと後の無粋なおじさんたちが、
 やあ程度が低いだとか、俗だとか、わざとらしいとか、科学的に見ておかしいなどと
のたまっておられるのが、なんともむずがゆいですね。
               
             竹に伸びた朝顔
  俳句では 朝顔 は 「秋」の季語
 万葉集に山上憶良が
  「萩が花尾花葛花撫子の花、女郎花また藤袴朝顔の花」
 と詠んでいます。
 これが秋の七種です。
 [注:万葉集では今の朝顔とは違うと言う説もあります]
 朝顔は奈良時代末期(若しくは平安時代)遣唐使により薬として持ち帰られた
のが初めと言われています。
 古代中国では大変に高価な薬で、牛一頭と取引されたので牽牛となり、
漢名の「牽牛子」(けんごし)になったとか。
  被子植物門・双子植物綱・ナス目・ヒルガオ科・サツマイモ属・ アサガオ
  英名  Japanese  moninng  glory
           
 とても長くなってしまいました。
 これを読むのには相当な忍耐が必要です。
 したがって、読むのがたいぎい人は、写真だけでも見て頂ければ、それだけで
大変幸せです。
 
 最後に、俳句評論家から袋叩きにあいそうな私の俳句を一つ。
      朝顔の屋根まで伸びてあきらめる     照れまん
助詞はいつも迷いますねえ。「朝顔の~」とするか、「朝顔や~」とするか・・・。私の句の場合は駄句なので、迷う必要なんか無いか・・・・??失敬!
注 ですが、ここに書いてある記事は、間違いがあるかも知れません。いろいろ調べてはいますが、学者ではなく、何分素人ですので、そこのところはお含みおき下さい。
(参考文献 『長谷川かな女 加賀の千代』 他)
今回は我が家の朝顔でした。
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朝顔 への11件のフィードバック

  1. fujim より:

    最後の一句が気に入りましたー!中でも2番目の花が一番気に入りましたー!照れまんさんはいったい何屋さん?といぶかりましたー!や~の方がだんぜんいいと思います。つるべの上に軽く手を伸ばし、葉が軽く覆っていただけだと思います。 それでもそのままおいてやりたかったんだと思います。その気持ちがウタになったと思います。 以上、取り急ぎ私の感想でした。

  2. Pu'uwai より:

    照れまんさん おはよう
    朝顔が五鞭の合鞭花だったこと、写真をみるとよくわかりますね。
    あさがおの花は丸い花って思い込んでいたのですが、花びらは5枚なんですね。
    私は笹にからんだ4枚目がいいな。 
    花は今が盛りのちょっと前のちょうど見頃の花、花が一番美しい時ですね。
     
    「に」 で知ってました。 「や」 は知りませんでした。
    私はどっちでもいいけど、、、、俳句って季語はよく知らないので季節らしい言葉が入ってれば良いのかと思ってました。
    友もね、俳句を始めて5,6年になるのですが、よく仲間さんたちで吟行ハイクをしてますよ。
    苦吟すると頭の中で言葉がばらばら飛び歩くんじゃないかと思うのは私だけでしょうか。
    自分は苦吟することがありません。 
    浮かんだ事を適当に口から出まかせに書いているから。
    浮かばない時はそれまでね。
     
    あさがおや霜の露まで咲くつもり  プウバイ    秋と冬の季語が入ってますか、入ってますね。 あはは~!

  3. 照れまん より:

      Fujim さん いつも見てくださって有難うございます。
    書いてるうちにだんだン長くなってきて、ついでだと加賀の殿様も書き足しちゃえと、最初の部分は最後に書き足しました。
    読むのがちょっと大変だなと思いながら書きました。
    俳句のたった一句でもすごいドラマがありますよね。美しい日本を代表する美しい心の俳句です。千代女さんは晩年は多くの人から慕われ、俳句の大御所的存在になったようです。現在で言えば、瀬戸内寂聴さんのような感じでしょうか。二人とも50歳を過ぎた頃に剃髪していますしね。
    ではではまたよろしく・・・。
     

  4. 照れまん より:

      Pu`wai さん こんばんは
    朝顔ってキレイですね。毎年母が植えている物です。自分の気に入った種を取っていたり、新しく色の気に入ったものを買ってきて、種を蒔いていました。今年はズボラをしてプランターの土を入れ替えなかったので、育ちが悪いと心配していました。たった一つ花を付けたのを見て入院になりましたので、写真を撮って見せてやろうと撮ったものです。しかし、まだ見せに行ってないんです。
    最初の2週間くらいは喋っていたようなのに、その後3週間を過ぎた頃からほとんど喋ることもなくなり、ただただ寝ているようです。医師からは脳梗塞の範囲がひどいので、いつ何が起こるか解らないので覚悟しておいて下さい、とは言われたようです。
    もう年ですので仕方ないですね。
    俳句ですが、私は吟行などはしたことがなく、句会も行ったことがなく、ただ一人で作っては遊んでいますので、出来たときがするときで、する時が出来た時です。気楽です。ですから、たまにしか俳句はできません。
         朝顔のなにかにすがりては咲けり      成瀬桜桃子
    この句は朝顔のことを調べているうちに見つけたものです。あのサザエ堂のピサの斜塔を書いた人ですよね。素晴しい句です。サザエ堂のブログを見なかったら、この俳人を知ることはなかったかも知れませんね。
    有難うございました。またよろしくお願いします。

  5. fujim より:

    照れまんさん おはようございます。せっせと作ってたDVD出来上がって昨日は早~く寝てしまいました。今、ツラーと眺めると長文ですが、最初読んだときは全然長く感じませんでしたよ。 千代女のこんな話、殿様の話もや~とに~にまつわる話も知りませんでしたので、興味深く面白く読みました。即座に「仰向いて、、」と作ってみたいものですね、 そして人の句を読んで、その真意をこのように汲み取ることができるようになりたいものですね。  作り始めたばかりでこの世界のことをほとんど知りませんので、照れまんさんのいろんな解説がとても嬉しいです。  みんな吸収できればいいのですが、そういうわけにはいかなくても、生きてる身の回りのことを、ちょっとあらためて見直してみながら、それを詠んだり、撮ったりしながら、ゆっくり残りの時間が過ごせそうな気がします。そうしたいです。^^  これからも、よろしくお願いしますよ~~!。お母様のことは気になってたんですが、 ぜひ朝顔見せてあげてくださいよ~。 年を取ると、身近な人とのふれあいが一番嬉しいことだと思いますし、健康にもいいことだと思います。手をとって、耳元で、照れまんさんの作った俳句をささやいてあげたら? 今できることは今しておきましょう。 ってこれは自分にも言い聞かせてるんですが、、、^-^ ではまた、、

  6. 照れまん より:

      Fujim さん おはようございます
    朝顔を載せる時、母のことを書こうと思ってました。でもどうしようかと悩み、皆さんに心配かけてもな・・・と思い止めました。最後のところで書こうかとも考えたのですが、あまりに文章が長くなったので最後はあっさりすることにしました。
    朝顔の中に、毎年この色がいいね、と母が咲かせていた色が今年はないのです。たぶん、種を取るとき、色々な種類が絡み合っているので、わからなくなり、間違ったのだろうと思います。それと、家で育てた種より、買った種のほうが強いし、きれいに咲くようなのです。だんだん弱くなると言ってましたので、今年は育たなかったのかもしれません。花は淡いピンク色で小ぶりで素朴なのです。それを撮ろうと待っていたのですが、咲きませんでした。2枚目の花は、母が気に入るだろうなと思った色と形です。映っているのはみんな母の好きな色なのですが、なぜか紺がないのです。朝顔といえば紺色とか青系なのに我が家にはないのです。きっと赤やピンク系が好きだったのでしょう。
    来年は誰も朝顔を植える者がいなくなりそうです。
    私が調子のいい時、早くパソコンを持って行って見せてやればよかったのですが、根性なしでだめでした。今はもう、ただ寝ているだけのようです。
    そんなこんなで、心配ををお掛けして申し訳ございません。
    お心遣い有難うございます。これからもよろしくおねがいします。

  7. fujim より:

    突然ですが、照れまんさんは入院されたとき、どうして欲しかったですか。 私は検査と手術で寝たきりだったとき、背中の下に手を入れてもらってました。 もうそれだけで天にも昇る気持ちでした。だから義母が入院中、見舞いに行ったときにはそうしました。 背中とシーツの間にそーと手を入れて、5本の指で背中を相手にピアノを弾くように交互に動かすんです。「運命」ではだめですよ。 えーと、ふるさと?ぐらいかな。 うーさーぎーおーーいしーぐらいに歌いながら(心の中でいいですよ。いや、小声で歌ってもよかったかも知れない^^) 8部音符の調子?で、わずかに動かす程度で背中から肩の辺りまで、這わすんです。その程度で、とても気持ちがいいんです。 男の人は、こんなことではこたえんだろうとばかりに力を入れますが、きつすぎます。 どんどん起きられるようになったら、背中をさすってもいいかもしれませんが、それよりピアノかオルガンです。娘がやってくれて、自分が気持ちよかったからこれが一番、お母様にしてさしあげたらきっと気持ちがいいのではないかと、思い込み1番の私は思っています。  ただ寝ておられるだけなら尚のことです。義母もいつも始めると目をつぶり気持ち良さそうにしていました。 歌の方は、うーん、もうちょっと早いものがいいかな~、照れまんさんとして、ほかにいい歌があったら、ぜひ教えてくださいね。 ではでは、、おじゃましました。

  8. Pu'uwai より:

    照れまんさん fujimさん
    お母さんは、寝ながら照れまんさんのことを一番心配してると思いますよ。
    お話は出来なくても、
    照れまんさんがブログを楽しみ、お風呂を焚いて役にたっていることなど
    照れまんさんが楽しみを見つけて活き活きと人生を送っていることが分ったら
    どんなにか嬉しく安心すると思います。
     
    母は口は利けなくても、話は全部聞き取って理解しているように見えます。
    「本当はわかっているんでしょう」 と言っても微笑むだけですが。
     
    PCに落としてしまった写真もカメラのメモリーに入れ直すこと出来ます。
    そうすれば、写真やさんでプリントできますよ。
    お母さん、もしかして島外の遠くの病院ではありませんか。
     
    そろそろ秋風が吹いて凌ぎ易いよい季節になりました。
    やさしいお姉さまもお帰りになったことだし、アルバム作りますか?

  9. 照れまん より:

      Fujimさん Pu`wai さん ご心配おかけしてしまいました。
    母は昔私が入院していた近くの病院に入院しています。島に病院が三つあり、そのうちでは一番大きな病院で、130床くらい、車で10分もかかりません。重症患者は本土に送られるのですが、お医者さんが、手術は出来ないし、高齢なので・・・、ということでそのまま田舎の病院においてもらっています。
    昔私が手術後、たった4日間寝ていただけですが、2日目くらいに背中と腰が痛くってどうしようもないので、付き添いの母に、背中に棒でも何でもいいから入れてくれといったことがあります。そのとき母は自分の手を入れてくれました。あの時は生き返った感じがしました。三日目くらいからは座布団を左に入れてもらったり、右に入れてもらったりしてました。身動きできないというのは拷問と一緒です。Fujim さんもやっぱりそうだったのですね。
    入院して4~5日目に姉が帰って来て4日ほど病院に寝てくれましたので、私の経験で背中に時々手を入れたり、座布団をかませたりしてやってくれと頼みました。それから出来るなら、エアーマットを下に敷いてほしいと頼んでおきました。看護婦さんにそのことを言ったらしいのですが、看護婦さんは、今どきエアーマットは使いません。時代遅れですよ。今のベッドは大変良くなっていますから、と言う答えだったそうです。
    私は時代遅れみたいです。8月末にも3回目に姉が帰って来て4日間病院に寝てくれました。1回目の時は母は喋っていたのですが、2回目の時は目だけは開けて御飯は食べてくれたのに、3回目にはもう目も開けないし、御飯も食べないし、もう無理かね・・・、と言って帰っていきました。
    そんな感じです。すっかり、Fujim さんと Pu`wai さんには心配をかけてしまいました。
    私はマイペースでやっておりますので・・・・。またよろしくお願いします。

  10. yasuko より:

    お姉さま方のまねをして、私もコメントいれます。 ここにコメント書くのは照れ臭いのですが・・
     
    お母さん、ゆっくりとゆっくりと旅立ちの準備をされてるのかしら。
    これまで、3つの時代を生きて、戦争やいろんな辛いことを乗り越えてこられ、いろんな幸せを感じてこられ・・・
    近くにずっとついていてあげられなくて、もどかしいでしょう。 けれど、血のつながりというのは、すごいものです。
    お母さんは、照れまんさんのお気持ちを、ちゃんとご存じです。
    来年は、あなたが朝顔を植えてください。 プランターの土をちゃんと替えて。
     

  11. fujim より:

    わけも書かないで「背中に手を入れて貰いました」、なーんて文章でも、分かってもらえる照れまんさんでよかったー。 痛いというか、お産の痛みは忘れてもあの辛さは忘れられません。どれだけ我慢できるか試されてるんなら、勝負しなきゃ、と思いましたモン^^ゞ お姉さんを通じてすぐに照れまんさんが手を打っててうれしいです。 自分の出来る最善で十分と思います。 神仏が自分に手を合わせろと要求するわけではありませんし、お母様が何かを要求するわけではありません。 そうしないと自分の気がすまないから神に手を合わせ、人に何かをするのだと思います(少々うがった考えですが)。自分の気が済むようにしっかり最善を尽くせば、きっと上のほうからにっこり微笑んで許してもらえてる、そんな愛に私たちは包まれているものと思っています。 (ハイ、自分にはアマイ私です。^^ゞ)マイペース、照れまんさんペースでよかったー。 それが一番と思いますよ~。ところで前の「糸トンボ」に今からコメント入れようと思いますけど、ここで言わなくても入ったのはわかるんですかねー?

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