照れまん君の俳句歳時記 「 柿 ・ KAKI 」

  柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺    正岡子規
 俳句といえばこの句、と言われるほど超有名な句。
 おそらく、知らない人はいないでしょう。
 子供からお年寄りまで、すぐに口をついて出てくるのがこの句。
何万とある俳句の中で、おそらく知名度で言えば、この句がダントツのNO,1でしょう。
 俳句の代名詞といってもいいくらい親しまれている名句。
 正岡子規が奈良で詠んだ句です。
 しかし、この句は何が書いてあるかよく解らないとか、
 説明を聞いても、ピンと来ないなどよく言われています。
 この句は専門家の中でも、はっきりと意見の分かれる句なのです。
 俳句評論家や俳人の中には、この句は駄作だと言う意見があります。
 また、この句は名句だと言う意見もあります。
       隣の柿は良く成る柿だ
 この句がいい句ではないと言う人たちの意見を聞いてみますと、
 まず、この句は俗な句だと言います。低俗の俗です。
 それに、ただ単に柿と法隆寺を取り合わせただけの句だとも言います。
日本に古くからある柿と法隆寺を取り合わせただけで、法隆寺の存在感に
凭れ掛かった句で、決していい句ではないといいます。
     確かに、正岡子規自信が柿と奈良という面白い取り合わせを思いついたと、後に
書いています。
 この句は素晴しいと言う人達は、
この鐘の音は、宇宙に響く鐘の音だといいます。従軍記者から帰ってきた正岡子規が
法隆寺で聞いた鐘の音こそ、平和の鐘として宇宙と響きあうものだといいます。
 そんな大層なものかなあとちょっと思うのですが・・・。
 どちらの説明にしても、イマイチ納得できないものがあります。
 何故かスカッとしないんですよね。
 そこで、私なりの説明をして見ようと思います。
       柿と山寺
    明治28年、10月26日。(24日という説もあります)
 子規は松山から東京に帰る途中、奈良に立ち寄り法隆寺を訪れます。
法隆寺の広い伽藍を拝観し、中の茶店で休憩をします。
その時、店のお品書きに「御所柿」とありますのでこれを注文。
出てきた柿をガブリと噛んだその時、偶然に法隆寺の鐘が鳴り響いたのです
 その時、子規はハッとします。
 法隆寺の近辺に住んでいる人々にとっては、当たり前の鐘の音。この鐘の音を聞いて、
時を知り、生活のリズムにしている鐘。いわゆる生活に密着した時の鐘の音です。
 ところが、初めて訪れた子規はそのようなことは知りません。
中の伽藍はとにかく荘厳。それに、中では僧侶などに会うことはないのです。
よくもこれだけ素晴しい木造建築が1300年ものあいだ残っていたなあと、
遺跡のような面持ちで拝観しました。
 エジプトのピラミッドやアンコールワットの遺跡、万里の長城、インカの遺跡などと
同じような世界最古の木造建築という、遺産や遺跡のような思いで眺めてきたの
です。
 ところが、鐘が鳴ったのです。この音を聞いてハッとしたのです。
「ここはお寺じゃん」ということです。お寺だから鐘が鳴るのは当たり前。
ただの鐘の音を聞いただけなのに、天才と凡人の違いが出てきます。
 鐘が鳴るとはどういうことでしようか。
 鐘が鳴るとは、つまり、法隆寺は遺跡ではなく、今も続いているお寺だと言うこと
です。
 法隆寺の中には僧侶がいて、毎日修行し、日々の生活が行なわれているのです。
つまり、ここは今も続いている普通のお寺なのです。
 俳句を作るうえにおいて、法隆寺のような素晴しい建物を拝観すると、誰しもその
素晴しさ荘厳さ、伽藍の美しさ、荘重さ、五重塔や夢殿など建物の素晴しさ、古さや
歴史を詠もうとします。
 素晴しい俳句、いい俳句、深みのある句、荘厳な句を詠もうとします。
しかし、子規はそのようなことは一切排除したのです。
 もし、荘厳さや偉大さを言いたければ、随筆や日記に書けばいいのです。
俳句はそのようなものには適さないのです。たった17文字ですから。
 そこで子規は、今と言う一瞬を詠んだのです。
 これこそが、子規の考える俳句です。自分が柿を齧った瞬間、偶然に鐘が鳴ったの
です。
私が柿を食べたら、偶然に鐘がなったんだよ、と言うのですが、それでは面白くない
のです。そこで、面白おかしく、私が柿を食べると鐘が鳴るんだよ、と言う風に逆に
書いたのです。
 あたかも、現在のリモコンのように、私が食べるとそれがスイッチになっていて
鐘が鳴るんだよ、と言うわけです。したがって、私が齧ると鳴るということは、
あなたが法隆寺の前で柿を齧っっても鳴りませんよ、という訳です。
 我がここには書かれています。
 法隆寺の鐘が鳴るということは、当然この中で僧侶の修行や生活が行なわれて
いるということ。だから、鐘が鳴るわけですよね。
 当然と言えば当然なのですが、其処に気が付いた時、鐘が鳴るということは生活が
行なわれている、つまり生きたお寺だと言うことです。
 千年以上にわたって、鳴り響いているのですから、これはすごいことです。
偶然私が柿を食べていたのですが、この食べると言う動作、これも人類が生きる
為に営々と続けてきた動作。鐘が鳴るの「鳴る」と、柿を食うの「食う」とは同じこと
なのです。
ともに生きているという証なのです。鳴ると食うはピタリと重なるのです。 
生きている法隆寺の鐘を、生きている私が、「今」聞いているのです。
千年以上前に聞いた人々と同じように、ここで今私が聞いているのです
何と素晴しいことでしょう。
 この句には、生きる喜び、出会いの喜びが溢れています
 この句が有名になった理由は、まず覚えやすさがありますよね。誰でもすぐに覚え
られます。
 そして調べがいいこと。調子がいいですよね。カキクケコのカ行の響きのよさ。
そして面白さ。なんとも言えぬ明るさがあります。楽しい句ですよね。
したがって、俳句のことはよく解らなくてもナンカ面白いわけです。
そのナンカ、の部分をちょっと説明してみました。
       隣の柿は よくカアーカアーいう柿だ
 「柿食へば~ 」の句が出来るにあたって、とても興味深いことが有ります。
 それは、子規が奈良に旅立つ前、松山の夏目漱石の所にいました。
 その松山で、最後の句会を開いています。
 この句会に出句された二人の句を見てみます。
       鐘つけば銀杏ちるなり建長寺      夏目漱石
       柿に来るカラス追ふなりお僧かな      正岡子規
 どうですか。二人の句が逆のような気がしませんか
 この夏目漱石の句を読みますと、この句から「柿食へば~ 」の句が
生まれたのがよく解ります。盗作と言うか、パクリと言うか、とにかくよく似ています。
 俳句ではこのような場合、盗作とかパクリとは言わず、本歌取りとか、挨拶句
呼びます。
 これは、明らかに漱石の句を意識して「柿くへば~」の句が詠まれていることが
解ります。建長寺ではややイメージが浮かびにくいですよね。
 鎌倉に住んでいる人や訪れたことのある人ならイメージが浮かびますが、一般的
にはやや難しいですよね。
それに比べ、法隆寺の方がイメージが浮かび易いし、斑鳩の里の古さもマッチして
います。
 日本の原風景が其処に広がっています。
 「漱石君、君の作った銀杏と建長寺の句より、私の作った柿と法隆寺の句の方が
はるかにいい句だろう。俳句や短歌は私にまかせて、君は文学に志たまえ」
と言っているように聞こえます。この時はまだ、夏目漱石は一介の教師にすぎません。
 二人共まだ28歳の若者。現在のようなビッグネームには程遠い存在。
 漱石が小説を書き始めるのは、まだ10年先ですから。
 この時点で、彼が偉大な小説家になるなどとは誰も想像していないのです。
 しかし、正岡子規だけは夏目漱石のことを高く評価していました。
 松山を舞台にした「坊ちゃん」が、もし、子規の存命中に発表されていたら、子規は
どんなに喜んだでしょう。
 ところで、俳人と言うのはたった一句詠むのではなく、沢山の句を詠み、そして捨て
ているのです。
 例えば、正岡子規が奈良の旅行をした時、どのような句を読んでいるか、少し見て
みます。
           行く秋をしぐれかけたり法隆寺
           大仏の鐘が鳴るなり小夜時雨
           長き夜や初夜の鐘撞く東大寺
           宿取りて淋しき宵や柿を喰ふ
           奈良の宿御所柿くへば鹿が鳴く
           柿くふて腹痛み出す旅籠かな
 などなど、まだまだ沢山あるのです。みんな、どこか似ていますよね。
大仏の鐘が鳴ったり、柿くへば鹿が鳴いたり、何だかよく似た句が沢山あります。
これらの句の中から、一番気に入った俳句を選んで発表したのです。
それが、「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」だった訳です。
 ところで、松尾芭蕉の句と正岡子規の句はかなり違いがありますよね。
 芭蕉の句は詫び寂び、人の世の儚さ、普遍の世界表そうとしているように
感じます。
 それに比べ子規の句は、今・一期一会、そして自分という我を中心に据えて
いるようです。
古い時代の俳諧から、新しい時代の俳句へと現代性と即興性を加味して、
新しい俳句運動を推し進めようとしていたようです。
 そういう意味で、この「柿くへば~ 」の句は時代を代表する俳句だと思います。
       1つ前の写真 隣の柿が捥がれて干されています
 さて俳句では、「」はの季語。
 傍題に 渋柿、富有柿、御所柿、西条柿、干柿、柿羊羹、きざわし、祇園坊、
禅師丸、会津見知らず、柿なます、鶴の子 など、まだまだ沢山あります。
 柿は古来より日本にありましたので、日本原産と思われていましたが、
最近では、中国原産と考えられています。
 私は柿ほど美味しい果物は無いと思います。南洋の果物など甘くて美味しいの
ですが、クセがあり、匂いが強烈だったり、あとで唇が荒れたりします。
その点、柿はクセが無く、熟柿に成る少し前の柿は本当に美味しいですよね。
しかし、柿は何故か粗末にされ、成っていても見向きもされず、鳥の餌に成っている
木が田舎には沢山あります。
 私は「KAKI」こそ世界に誇ってもいい、果物の女王だと思います。
  「When I eat a kaki,hear Horryuuji temple bell sound 」
 私も、一度法隆寺に行って、柿を食べてみたいものです。
 「鐘が鳴るかなあ・・・・・・?」
      訪ふ人の柿をもいでは帰りけり         照れまん
      
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照れまん君の俳句歳時記 「 柿 ・ KAKI 」 への10件のフィードバック

  1. fujim より:

    うーん、すごい推考、じゃなくて、考察です。  なんだかスッキリしましたよ。柿を食うことも、鐘がなることも、ごく普通のこと、ごく普通の生活がずっと続いている、 こんないいことはないではないか、と、そう言ってるのかなー、それとももっと深い意味があるのだろうかなぁと、それとなく思っていました。モチロン私は子規の頭をよぎったような、世界最古のとか、遺産、遺跡、 建物の素晴らしさ、歴史などと、そんなたいそうなことに思いが及んでいたわけでは、全然ありません。今この照れまんさんの説明を読んで、ああやっぱり、 17文字の普通の生活の裏にある含みが、とても広がりましたよ~。な~に言ってんだか、自分の思ってることも的確に言い表せないわたしです、、これが普通の私ですね~^^とにかく、普通の生活の中で、四季や自然を感じ、ピピっと感じたことを、17文字であらわす俳句って、、、おもしろい、、、うーん、、いとおかし、、、とにかく堪えられませんなー、、、ハハハ  スタスタスタ、、、、PS,PS, 果物で柿が一番好きです。 固くてもやおくても、吸ってもどうやっても食べます。秋になると、あげようと言われるものは全部貰って食べます。  王様と思ってたけど、女王様でしたか、、、^^では、

  2. Pu'uwai より:

    あの柿の木は我のもんだと母が言う   プウバイ
     
    母は、まだ来たばかりの頃、うちの2mばかりの柿の木に柿が鈴なりになっているのを見て言いました。
    いつも、這って行っては、取れないので悔しそうでした。

  3. Pu'uwai より:

    こんばんは
    ゆっくり、じっくり読みました。
    柿は日本の象徴ですよね。柿右衛門だって柿だし、蛇の目傘のしぶ紙だって、
    雨合羽だって柿渋でしょう。まだまだ建材にも、黒柿 黒い柿の木、古くなってそれを利用する、ううー思い出せない。
    柿は一番好き、女王さまですよ。王様じゃない。 やさしいもん。
     
    柿も、奈良、山梨、福島が有名ですね。
    母は、福島出だから、柿が大好き。 10月に来た時に、柿は鈴なりでもまだ渋くて
    母には、もう、それが分らないから、「ひとつ下さい。」 って 「まだ、だめ。渋くて食べられない」 って言うと
    「私が、こうして皮をむくから、あの枝ごと取って来て」 渋いなら干し柿にするつもりらしかった。
    これ単純に干し柿じゃないのよ。 そう言えば、取ってもらえる。食べられるという母の知恵なの。
    熟してからは喜んで食べてました。
    あれあれ、生きているお寺と漱石さんの俳句がぶっ飛んじゃった。 失礼致しました。

  4. yasuko より:

    こんにちは! 柿食えばの句についての説、何年か前に聞かせてくれたよね。 「何となくいい感じ」としか言えなかった私。 千年の法隆寺の歴史と子規の一瞬との会遇、照れまんさんの読みの深さに感動しました。
     
    今回、行く秋をしぐれかけたり法隆寺 大仏の鐘が鳴るなり小夜時雨 長き夜や初夜の鐘撞く東大寺 宿取りて淋しき宵や柿を喰ふ 奈良の宿御所柿くへば鹿が鳴く 柿くふて腹痛み出す旅籠かな とずらずらっと並べてくれて、考えが浮かんだ。
     
    モーツァルトは、頭の中に音楽がすべて完成された形でなっていた天才。 ベートーヴェンは、モティーフを積み重ね、変奏し展開して、推敲を重ねて作曲した人。 子規は、ベートーヴェン型じゃない? 法隆寺、東大寺、鐘、柿、鹿、などのモティーフを、あれかこれかと指を折り折り、組み合わせて汗をかいてたかも。 柿も鐘も、彼の材料の一つだとしたら? いくつかの句の中から漸くこの句を選び出した瞬間に、彼の頭の中がさーっと澄みわたり、法隆寺の千年の営みが思い浮かんだとしたら? 「よし、これだ!」と確信した時の彼のよろこび!
    ベートーヴェンの音楽に、後の人々がそれぞれの哲学を見出したように、この句もいろいろな見方ができるからこそ、素晴らしいのだと考えてもいい?
     

  5. 照れまん より:

      Fujim さん Pu`wai さん こんばんはー
    長い長いものを読んで下さってありがとうございます。
    昨日はとても天気がよかったので、隣の家の柿の写真を撮って載せようと撮りに行ったんです。数日前に撮った時は、まだ青かったのです。それで少し熟れるのを待っていて、昨日行ったのです。そしたら、もうみんな捥がれてしまっていて、ショックショック、クイズタイムショックですよ。ブログに熟れた写真を載せようと待っていたのにー、ですよ。仕方が無いので、家の周りをぐるりと廻ってみたら、もう干し柿にされてました。これこれと思い、黙って庭に入り干し柿の写真を撮りました。2枚目・3枚目・4枚目は同じ柿です。以前に写真を撮らせてもらった時、なんぼうでも撮りんさい、と言ってくれてたので、そのまま失敬して撮らせて貰いました。
    我が家の柿が今年は全滅だったので、残念ながら載せられませんでした。
    この記事は、かなり独断と偏見で書いていますので、俳句の先生や俳句評論家からは袋叩きにあうかなあと、思いながら書いています。まあいいカーてな感じで、書いちゃいました。
    これを書くのに、だいぶ時間が掛かってしまいました。
    またまた、これからもよろしくお願いします。

  6. Pu'uwai より:

    皆さん おはよう!
    すご~い 離心円さんの読みの深さ・・・・・・しゃっぽ脱ぎました。
    照れまんさんも、又、ベートーベン型なんだねぇ。
    そして、離心円さんの説に則って、照れまんさんの推敲を辿っていくと、照れまんさんが言いたかったことが
    はっきりと解ります。 パチパチ。
    で、離心円さんはモーツァルト型?  
    私は、ベートーベン型じゃない、もしそうだったら今頃こんなおばちゃんしてない。 
    モーツァルトには程遠い、、、、、で、普通にある、ただの人型ですね。

  7. fujim より:

    照れまんさん こんばんはー 写真はチャンスを逃すと二度と巡ってこないかもしれない、 先日そんなことを書いていましたよね。  そうですよねー、 でもそう思っていても 「おおちょうどよくなった、捥ごう捥ごう」 というあちらさんの思いとすれ違いが起きたりもするんですよね~。 ザンネンですよね~。  ウチの近所のハゼも、だんだん色よくなってきました。よし撮ろうと思ったんですが、 いや待て、夕日に映えるところがいいはずだ、 今日は日が沈みすぎてるから明日と思ったんですが、 次の日思い出したのが 17時半で、やはりもう遅い。  それから昨日も今日も太陽が出ないんですよ。とりあえず一枚写しとくべきか、ウーン、、、?モーツアルトと言えば40番 (へへ;;、わたしの中ではネ、 ま、それしか知らないんですけど) が好きですねー。これもやはり山○学生の演奏で聞いて、レコード買いましたが、 天才肌なんですかー。 それに比べてベートーベンは積み重ね、展開型なんですか、 そんな風に考えてみたこともないので (要するに知らないので^^) 面白いですね。  天才型ウーンいいですね。 ほれぼれします。  手を叩いて遠くから見てます。こちこち積み重ね型、 これも惹かれますねー。 ぐっと親しみを感じます。 中に入れないか周りをウロウロするかも^^。いやー、子規さんがいろいろああ考えたり、こう考えたりして作ってたのを知って、気をよくしましたよ。口から?頭から?出てくるに任せて、ほろほろ書いてていいんだー、 そのうちいいのにぶつかるかも、くらいの気持で。といっても、子規さんとはその質、レベルが違うのはちゃんと心得てますので、ツッコマナイデくださいよー。ところで、えーっと無理しないでくださいね。  無理はしなくていいんですが、前のフォトアルバムのコメントで、分割もできます、と書いたのは、間違いではないのですが、この言い方では語弊があるなと気がつきました。また、ゆっくりしてから詳しいことはコメントします。  ではでは、、、訪ふ人の柿を置いては帰りけり ^o^ノ

  8. fujim より:

    照れまんさん おはようございます~  「たはむれに夫に負はれてそのあまり高所恐怖にさんざんわめく」ご機嫌は麗しいですか? 先日はコメントありがとうございます。 とても嬉しかったんですが、無理していれたんじゃないでしょうね~。  コメントやコメントの返事なんて書きたくなったときでいいんですからね。 寂しい分、それはホレ立派な理性をもっておとなしく待ってますからね。^-^ 前に「マイドキュメント」に書いていたそうですが、 [word]を使ってましたか? それとも [メモ帳] に書いていましたか?いずれにしてもそれをブログにしたいとき、 全部をもう一度打ち込まなくても、[コピー&ペースト] するだけで持ってくることが出来ますよ。 ということは、新しく書き上げるブログでも、マイドキュメントで今までどおり気兼ねなく書いて推敲し、出来上がったものを、ブログの編集画面にコピー&ペーストするということもできるということです。[コピー&ペースト] と [ショートカットキー] について、←ここに纏めてみましたので、 気が向いたら覗いてみて、使えるようなら参考にしてみてください。  これは [エクセル] で作っていますので、下のほうにタブがあり、 4,5ページに分けて入れてあります。 見難いようなら言ってくださいね。 必要なら照れまんさんが見易いものにやりかえます。おせっかいですねー! おばちゃんの甘言に乗っちゃあダメですよ。 血液サラサラとか大もうけするとか言われても、真に受けるとろくなことはありませんよ~。  あ、これはおばちゃんがだまされた方だったか、、、^^ 貰った柿がなくなったので、ここの最初の柿をもいで食べたくなりましたよ。  とにかく照れまんさんペースで、、、じゃまた。

  9. 照れまん より:

        Fujim さん ありがとうございます。
    じっくり読んでみます。いつもありがとうございます。
    ちょっとい今、一休さんで無く、二休さんになっています。またよろしく・・・・。

  10. 照れまん より:

       離心円さん 久しぶり 
    離心円さん、するどーい。なかなかたいした読みですよ。自分の記事を読んでみると、確かに子規はベートーベン型ですよね。ショック、ショック。クイズタイム・・・・?こらー、二番煎じ。馬鹿の一つ覚えなんだから。
    正岡子規が漱石の下宿に50日以上もいたのですが、漱石は一階の部屋を貸し、自分は二階に居るんです。そうしたら、毎日人がぞろぞろ集まってきて、ガヤガヤうるさいんです。漱石は一人静かに勉強をしたいのに、あんまりうるさいので、きょうは怒鳴ってやるぞと思って一階に行くんです。そしたら子規が、
    「漱石君、ちょうどいいところに来た。今から句会を始めるところだ。君も入りたまえ。」
    と誘われ、すんなり其処に座って俳句をやっているのです。
    そこで50日、飲み食いをし、「東京に帰るからお金を貸せ!」と言うわけです。
    こらー、散々人のお金で飲み食いをしといて、その上まだ金を貸せってかー、と内心思うのですが、すんなり10円貸してしまうんです。
    10月19日に松山を発ちますので、翌日は神戸に着きます。そのあと、法隆寺に行くのは、日記では10月26日になっています。随分日にちが掛かっているでしょう。
    それで法隆寺についたころにはもうお金が無くなっている訳です。お金にあまり頓着してないのです。
    定かではないのですが、子規は漱石のことを、「君は果物にたとえると柿だ」と、言っていたらしいのです。それで、柿君に借りたお金を全部使っちゃった。柿君は渋ちんだから渋柿?でしょうか?柿食えば~とは、柿君に借りたお金を全部つかった、ということでお金が無くなっちゃって、ポケットには御釣の小銭がジャラジャラとした音になっちゃた。つまり、金が鳴るなり法隆寺、というわけです。したがって、「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」・・・・・、ということになるらしいのです。
    これは、あまりにもうがった解釈ですよね。それで書かなかったのですが、子規はかなり天才的で、物事がズバズバできるんです。
    大学も行く必要が無くなり中退します。新聞記者としてすらすらと記事が書けます。人望があり人が集まってきます。奈良旅行のあとはずーと寝てしまうのですが、何故か新聞社からは給料が出ています。病床の記事を書いたりはしているのですが・・・。
    それで、子規は35歳で死んでしまいます。奇しくも、モーツアルトと同じ年です。
     
    自分のブログ記事を読んでみると、確かに努力型の積み上げ型になっていますよね。どーしようかなあ、書き換えようかと思ったのですが、まあいいかーって、そのままのしています。やっぱりちゃんと本を読んで勉強せんといけませんね。もう一度勉強のし直しですが、優柔不断な照れまん君なので、なかなかしないだろうなあと、思っています。また別の記事を・・・・。  じゃあ、また・・・。

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