照れまん君の俳句歳時記 「水仙忌」

  半死死者半生生者水仙忌     大矢内 生氣
         
    皆様は「水仙忌」ってご存知でしょうか。
おそらく、殆どの方はご存知ないと思います。
山口県大島郡周防大島町ではとても有名なのです。
少なくとも、周防大島で俳句を嗜むものはみんな知っています。
 1981年1月30日、民俗学者の宮本常一氏の亡くなられた日です
毎年、この日に「偲ぶ会」と法要が行なわれていました。
お供えに、沢山の水仙が供えられていました。
それで、いつの頃からか「水仙忌」法要と呼ばれるようになりました。
日本中、どこにでも咲いている水仙が、日本中を歩き回った宮本常一氏に
もっともふさわしいと、今では「水仙忌」と呼ばれるようになっています。
俳句歳時記にはまだ認知されていませんが、1月30日が命日、
水仙忌」 です。
    新しく歳時記を監修される方がおられましたら、冬の季語に、1月30日の
水仙忌」を是非お加え下さい。
         
 最初に掲載しました俳句は、東京在住の俳人、大谷内氏の詠まれたものです。
彼は宮本常一氏の弟子、仕事のお手伝いをされていたようです。、
掲句はとても難しく凝ったものなので、私が解説を書くより、俳人の
黒田杏子氏の選評がありますので、それを全文載せてみたいと思います。
 ≪      半死死者半生生者水仙忌    大矢内生氣
  水仙忌は宮本常一の忌日、1月30日である。大矢内生氣という人の生き方
  を定めることにおいて、宮本常一との出会いが大きな大きな比重を占めて
  いるというようなことを、作者本人から伝えられた記憶がある。
  その日のことは忘れない。
  かの「江戸百景」吟行で大川端を歩き廻り、遊船のゆきかう光景を眺め
  ながら、両国橋下の石段のような所で、川風に吹かれていた日である。
  私はこのたび角川選書上下二冊として刊行を見た『証言昭和の俳句』の
  基本構想を語った。
  宮本常一を読めと私にすすめてくれたのは、若き日の永六輔氏。三十年
  も昔のことである。
  人の縁はこの世のものだけではない。近頃の私はそのように考えるよう
  になっている。
  今回の作品、とりわけ常一氏との存問の句、見事な作品だ。望ましき
  生き方ではないか。
              選評   黒田杏子    
              俳誌 「藍生」2002年5月号より  ≫
          
   小雨降る風待ち港水仙忌        照れまん
 山口県大島郡周防大島町 には、宮本常一記念館があります。
いえ、宮本常一記念館という名称はどこを探してもありません。
正しくは「周防大島文化交流センター」という名称になっています。
 大島郡 旧東和町は大変な貧乏な町でした。借金が多くて殆ど夕張状態。
とても、自力で宮本常一記念館を建てるお金はありません。
そこで、農林水産省の「新山村振興農林漁業特対事業」の資金を得て
建設計画が進み、2004年5月18日に竣工式が行われました。
 子供達の農業や漁業、自然環境への知識習得の為の施設。
田舎の子供だけでなく、都会の子供たちもここに来て、農漁村の生活
などを知り、体験・学習出来る交流研修センターとしての文化施設。
中には、講義室・図書室が設けられています。
                           
 日本の未来を担う子供たちへの素晴しい交流センターです。
と、ここまでは表向きの話でして、・・・・・・。
 中はまったく宮本常一記念館です。
 はっきり言えば、大変な裏技を使って建設をしたと言うことです。
地元の者にとってはありがたいことですけどね。
文部科学省に建ててもらうと、全額補助と言うことにはいかないのです。そこで、裏技となった訳です。
 しかし、裏技を使い、農林水産省の全額補助で建てられたが為に、
個人の名前を冠した名称が使えなくなって仕舞いました。
何とも難儀なことです。複雑な気持ちです。
 ここで、俳句の季語としての「水仙忌」にちなみ、宮本先生が遺された
言葉を一つ書いてみます。
  「 是非とも生活の中に詩を見出してほしい。
    また見出さなければならない。
    私たちは人生に美しい詩を見出そうとしている。
    私たちが客観的(つまり、対他反照的ー引用者)で、
    しかもあたたかい思いやりを持っておれば、
    おのずからそこに詩が生まれるのである。
                       宮本常一 」
 そして、宮本常一氏の師である、渋沢敬三氏の言葉を書いてみます。
    「 学者になるな 」 
                
 旧東和町は宮本常一記念館建設にあたっては、揺れました。
現在、東和町は合併して無くなってしまったので、書いてもいいかなと思うことも
あるのですが、また別の機会に書くことにします。
水仙の陰で宮本先生が苦笑いされているだろうなと思います。
 では最後に水仙の写真と俳句を一つづつ・・・・。
        
     白黒の写真の笑顔水仙忌        照れまん
 「周防大島文化交流センター」は民俗学者、宮本常一記念館になっております。
皆様、是非お越し下さい。
 以前に 「水仙」 に付いて書きましたが、もう一つの季語として、
 今回は 「水仙忌」 について書いてみました。
             
                       
広告
カテゴリー: 俳句・生活 パーマリンク

照れまん君の俳句歳時記 「水仙忌」 への7件のフィードバック

  1. KEN16 より:

    ご無沙汰しております 照れまんさーん!
    先ずは、宮本常一さんのこと、これからも機会を見つけ色々ご紹介ください。お願いします!
    柳田国男さんは、分かったような?(出来上がった?)民族学のことを感じますが、常一さんは、日本人の生き方を何処までも求め誘っているような”調査研究の心”を強く感じます!
    “水仙忌”のこともよく良く理解しました!この度のフォトは、ドレも島の風土に映えていいですねーェ!
    以前のブログで気を入れた素晴らしいスイセンのフォトを思い出しております。
    水際に立つ少年時代を思い出します。必ず機会を見つけて“宮本常一記念館”をお訪ねしたくなりました!
    完成は、04’.5.15でしたか?またのご紹介楽しみにしております・・・

  2. fujim より:

    これが前回の水洗、 の後の水仙ですね。 例のレンズを回すことのできるあのカメラでしょうか、たぶん?バックがきれいにボケて、 花びらが透明感をもって清々しいです。 大きなお屋敷がぼんやり見えます。お寺の屋根も青い空も見えます。 幼稚園も、お地蔵様も、お地蔵様のような男の子も、、、どこにでも似合います。「島」 にも似合いますね。  宮本常一さんは、昨年からKEN16さんが言っておられたので知りました。 半生生者、そんな生き方をされ、水仙忌だったんですね。 気高い水仙の香りと一緒に、、(香りは母を思い出すのですが) まぶしいくらいの春光を感じますよ。  だんだん温まってきそうです、ありがとう^^。

  3. 照れまん より:

        KEN 16 さん こんばんは いつもありがとうございます。
    宮本常一氏が亡くなられて、もう28年くらいになるでしょうか。
    亡くなられる数年前より、田舎で郷土大学というのを開講されまして、それから田舎で有名になりました。
    それまでは、大阪や東京にお住まいでしたからあまり知られていず、亡くなられてからの方が有名になりました。
    我が家には何度も来られて、東和町誌編纂の為、村の歴史など古文書を調べられたようで、父も母もとても親しくさせていただいたようです。
    残念ながら、私は一度もお会いしたことはありません。丁度大阪に出ていました。
    宮本常一記念館、正しくは 周防大島文化交流センター には私はまだ行ったことがないんですよ。
    だから、中は詳しくは知らないのです。申し訳ございません。
    もし KEN さん お越しでしたら、後でブログでお教え下さい。
     

  4. 照れまん より:

      Fujim さん こんばんは
    今回は 忌日なので お寺関係を最初に3枚載せてみました。3枚目は山寺がぼんやりと写っています。実はのらさんの真似をして、山寺にピントを合わせて撮ったものと2枚組なのですが、1枚だけでいいかなと、こちらだけにしました。
    最初の俳句はものすごい難しい句でしょう。私はよく解らないのです。
    たぶん、こんな意味かなと思っています。
    死んでいるのに生きているように影響を及ぼしている宮本先生と、生きているのに何もなしていない自分とをくらべて、自分自身を叱責しているのでしょうか。とても難しい句ですよね。
     
    実は前の水仙のときのものを撮り直したものがあるのですが、今回載せられなかったので、もう一度水仙を載せてみようかと思っています。
    え~~っ、また水仙なの~っ、て言われそう。
    1枚目のお地蔵さんと水仙の写真、いやと言うほど沢山撮りましたよ。ちょっと角度が違うだけで随分違うのですよね。ホワイトバランスや、マクロモードなどと何枚も撮っては撮っては、でした。結局何も考えずに最初に撮ったのが一番よかったりしました。
    そんなこんなで、またよろしくお願いします。

  5. fujim より:

    「生者」は生きてる自分は、ということだったんですね~。どちらも宮本先生のことを言ってるものと思って、 それじゃあ、 生きてる間は肩の力を抜き、 ヒョウヒョウと生きられたということなのかなあと、 おぼろげに思っていました。解釈を聞いてみると 「なるほどそうかぁ」 ですが難しいですよね^^、ぜひ解釈も必要ですよ~。え~~っ、また水仙なの~っ、  あ、まだかぁ^^。同じような写真じゃないでしょうねぇ。 (と、たまにはこちらからもプレッシャーを掛けておいて、と、、、フフフ(^_ゞ)-☆。)撮りなおした写真、どんな構図かなぁ楽しみですよ~~。  たぶんPu\’uwaiさんもてぐすねひいて待ってますよ~。

  6. Pu'uwai より:

    くーーー やっちゃった。 私のコメ返してください。
    飛んで行っちゃったんですよ。 どこかのキー、パンパンと叩いたら、、、、 もう、今夜は寝ちゃう!
    自棄寝だぁ! 不貞寝だぁ!
     
    けど、やっぱりこれだけ言わなくちゃ、、、、えへへー
    写真10000枚越えました。 トリだかキリだかは菜の花でピンあまでポイしました。
    ついこの間まで、半死半生の私だったんだからね。
    fuさんに噛み付かれて、(蹴返したけど)、照れまんさんにソデにされて、水仙 NO1の私だって凹んでましたよ。
    このくらい、自慢させてよねぇ~!!!
    fuさん、のらさんもびっくりのオオイヌノフグリ撮れたぞー。。。。。 

  7. 照れまん より:

        Pu`wai さん おはようございます トコハキクガワ 
    半死半生 。   それそれ、その言葉から作られた俳句 ですよ。忘れてました。
    MSN って、どっかに触っただけで、ピュ ッと 飛んでっちゃいますよね。私のマウスは カーソルがあっちこっちに ピュ っと飛ぶんです。それを知らずに Entaerキーを押すと必ず飛びます。
    飛びマウス・飛びマウス・・・・、なんちゃって!
    オオイヌノフグリ って ものすごい小さいですよね。イヌノフグリ との違いがよく解りません。ほんのちょっと大きいだけ?私は2~3センチあるのかなって思ってました。
    初め、イヌノフグリを見たとき、こんな小さいものが撮れるか・・・って思いましたよ。  しまった、撮っとけばよかった。
     
    1万枚目、おめでとうございます。    パチパチ ☆☆☆    祝10000枚 垂れ幕
    よく、美術館なんかで、1万人目の来場者に記念品が贈られたりするシーンがありますよね。
    「え~~っ!私が~」 って、ちょっと驚いてる所。 あんな感じでしょうかね。
    「え~~、もう1万枚。なのはな・なんのはな・なにこのはな~・・・・」
     次の、ご推薦 。これからの Photo にますます期待しとこう・・・・。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中